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練馬区大泉学園町 整体 指圧マッサージ 廣治療院

廣治療院です!からだも こころも 元気に!

大泉学園町の廣治療院です 重い荷を下ろすとき その2

廣治療院のホームページはこちら!http://hirochiryoin.webnode.jp/

 

 本当に大切なもの

父の病状は 胃癌の末期であることを 

俄かには信じがたいほど  

痛みや身体的苦痛においては 比較的安定していました

しかし癌細胞の増殖により 

日に日に 転移のある食道が狭まり

物が飲み込めなくなっている状態でした

 

そのため 栄養不良と癌細胞の浸潤による貧血が悪化し

眩暈と脱力感で 個室の病室内を 

かろうじて歩けるだけになっていきます

本人にとって 一番の心配事は 実は 

摂食の障害と同等に 

貧血の悪化によって 歩行が困難になり

自分でトイレへ歩いていくことが いつまで可能なのか ということでした

 

最後の最後まで この葛藤は続くのです

 

まもなく 食事はほぼ摂れなくなりました

まったく具のない味噌汁をほんの一口 

ゆっくりと味わっては 眼をつぶって 慎重に飲み下します

「この味噌汁は旨いんだ。出汁が最高だ」

食いしん坊の父らしく 毎食毎食 味の評価をすることを忘れません

 

せめて なにかカロリーの足しになるものはないか と 

チョコレートや飴を大量に買って来ては 

ベッドのヘッドボードのところに 常備していました

父は 絶えずそれらを 

なにかにすがるかのように 口に放り込みます

 

元気なときに 大好きだったラーメンの代わりに

煮干や肉野菜で出汁を取り 少しの麺も入れてコクを出し

その上澄みのスープを スープポットに保温し 

毎日家から持参しました

 

(やがては 唾液すら飲み込めなくなるのだ・・・)

これからやって来るだろう 最悪の状態が 

頭の中を 常に巡ります

痛みもこのまま 最後まで この小康状態でいてくれるとは 

到底考えられません

 

しかし 間近に父の病状を 毎日見守るわたしには 

そんな先のことを危惧するより

今日という時間を どう充実させるか という事の方が重要だったのです

 

巣鴨プリズンの絞首刑は・・・」

「こうなったらいっそ 交通事故であっという間に・・・」

 

楽しい話 明るい言葉は 父の脳味噌から 

一切が消去されたかのように

自ら命を絶ちたい 

このまま まだ少しでも動けるうちに死にたい

という 絶望のみが 

来る日も来る日も 

繰り返し わたしに語られます

 

「パパ 絞首刑の後は 見るに耐えない とても悲惨なものらしいよ・・・」

「今わたし 毎日歩いて病院通いだから 事故に遭って死んじゃうかもしれないね・・・

 そしたら幸せなのかなぁ・・・?」

 

一緒に飴を食べながら 

父と娘 二人きりの 

へんてこな押し問答は 少し可笑しく 

ひたすら不毛に 繰り返されていきました

時には 母の脳出血を知らされていない父が 母をも妬み

母の施設(実際は病院)には そう毎日行かなくてもよい とさえ 言うのです

あれは自分と違って 幸せなのだから と

 

母にも 父の深刻な病状は 隠しています

いつも一緒だった二人が 互いの厳しい現実を知らされることもなく

離れ離れに それぞれに 

一人自分の病と 闘っていました

 

「死にそうだと知ったら ママ泣くかな・・・?」

そんなことを言う父は 今 本当は母に会いたくてたまらないのだ 

それは 痛いほどわかるのです

「ママは パパの心配ばっかりしているんだよ・・・」

慰めることしか わたしにはできません

 

溜息と 今日一日が無事に終わったことの安堵

故郷の雪景色のなかに 遥かに

くっきりと 山々が浮かび上がり

わたしはまるで 初めて それを見たような気がしました

かつて 若いわたしの目には 

この山々は ただの風景であり 通り過ぎるだけでした

 

今こうして 町を両手に抱えるように横たわり 

雪を抱いて 厳かに

このわたしをも 包み込んでくれる遠くの山々に 

視界一杯 目を凝らせば

ただ美しく 力強く わたしを慰めてくれます

朝な夕なに 心からの感謝とともに 報告しました

(今日も一日が終わりました 明日もどうか お願いいたします・・・)

 

終わりの時を 待ってはいません

ただ 今日 父と母の顔を見て 

生きて会える それだけで良かったのです

その感謝を 遠く 早朝に夕暮れに 山々に告げ

雪道をひたすらに わたしは歩き続けました

 

「また明日ね、明日また来るからね。お休みなさい・・・」

先ほどの 自らの言葉を信じて 

 

 

待つという幸せ

父の頑なな心が 

少しずつ溶けてきたのを 知らされたのは 

ある大雪の朝でした

「お前は、雪片付けがあるから、しっかり食べて頑張ってくれ」

電話の向こうに かつての優しい父の声がします

 

食を断たれる という現実に絶望した父は 

もしかしたら

父に負けない食いしん坊のわたしを 疎んじていたかもしれません

すでに父の目の前では 一切の飲食を避け 

食べ物の話も極力しないように 気を使ってはいましたが 

わたしは 自分にかかるストレスに負け 

つい過食気味になっていた頃でした

 

自分だけが しっかりと食べていることに 

どこか罪悪感を感じながら

わたしは 手当たり次第に いつもは食べないインスタント食品や菓子パン 

目についた物を食べまくっては 後悔するという 

馬鹿げた行動を 止められずにいました

 

父が まったく食べられなくなる 水も飲めなくなる

それはやはり 毎日世話するわたしにとっても 

大きな恐怖でした

 

心とは裏腹の 過食です

弱い自分を どうしようもできません

そんな時に 父の優しい言葉

「お前は、痩せていては駄目だ。健康優良児だったんだからな」

今にも 笑い出しそうな 明るい父の声

 

その頃 父に頼まれ 

片付けを始めていた父の寝室の 押入れの天袋から

わたしの赤ちゃんコンテストの賞状が 見つかっていました

姉弟三人の 卒業証書や賞状 みんなきちんと取ってありました

 

「ありがとう。ちゃんと食べて、昔みたいに、むくむく太ってるから心配いらないよ!」

泣いていることを、父に気づかれないように 

おどけて答えるのが精一杯

 

父とわたしは 

明日また会えることを 毎日 待ちました

そして 父にとって たった一人の孫である 弟の息子が 

中学受験に合格してくれる

その良い便りを 一緒に首を長くして 待ちました

もしも 合格できなかったとしても 

この三年間の頑張りが もう十分に大したもんなんだ 

と 誇らしげに 父が言いました

頑張って こつこつ努力する人間が一番だ と

 

わたしが 父の部屋や 家中の片付けをしていることも

「あんまり根詰めるなよ。お前は、根を詰めるところがあるからな」

と 労ってくれました

 

父はもう 個室にあるトイレへの移動も 

ままならなくなっていました

 

 

 

 

         

 

 

      今日は 寒い一日でした

      もうすぐ啓蟄

      ここが我慢のしどころでしょうか?

      あったかくして とにかく風邪を引かないように

      今週も頑張ってまいりましょう!

 

      三月 お忙しい方が多く 心配しております・・・

      どうぞ お休みになれる時は 

      しっかりお休み下さいね!

       

      明日もお元気で!!

 

 

腰痛 肩こり 膝の痛み 五十肩 神経痛 関節痛 

脊柱管狭窄症 椎間板ヘルニア 自律神経失調症 高血圧 

頭痛 慢性疲労 不眠 冷え性 骨盤の歪み(骨盤矯正)など

 廣治療院独自の治療が効果を上げています!

 

廣治療院があなたの明日の元気をお手伝い致します!!

お待ちしております!!